第123号(平成29年3月15日)の写真

 東日本大震災津波から6年を迎えた平成29年3月11日(土)、岩手県と釜石市の合同追悼式が県立釜石高等学校第一体育館(同市甲子町)で開催され、ご遺族をはじめ関係者約750人が参列しました。

 合同追悼式では、国立劇場(東京都千代田区)で開催された政府主催の追悼式の中継映像が映し出され、地震発生時刻の午後2時46分に参列者全員で黙とうを捧げました。

 達増知事は「犠牲になられた方々のふるさとへの想いを受け継いで、この東日本大震災津波の惨状やその経験の中で得られた教訓を改めて心に刻み、後世に伝えながら、復興を進めていかなければならない。今を生きる私たちは力を合わせ『いのちを守り、海と大地と共に生きるふるさと岩手・三陸の創造』を目指す。」と式辞を述べました。

 また、野田釜石市長は「度重なる津波や艦砲射撃の被害から、新たなまちづくりに立ち向かってきた先人たちの歴史を振り返り、次世代に誇れる町の実現に向けて取り組んで行く。あの悲劇を二度と繰り返さない、誰一人として犠牲にならぬよう、教訓を次世代に確実に伝えなければいけない。」と誓いました。

 続いて、ご遺族を代表して、鵜住居地区防災センター(釜石市)で奥様を亡くされた三浦芳男さんが「東日本大震災による津波は、平穏な日々を送っていた私たちの生活を一瞬のうちに奪ってしまいました。あの津波により生活の場を失い、今なお不自由な生活を余儀なくされている被災者の現状に、自然の脅威を改めて強く感じざるをえません。最愛の家族を失った遺族の方々の深い悲しみに思いを馳せない日はございません。二度と同じような悲劇を絶対に繰り返すことのない防災対策を強く望んでいます。」と追悼の言葉を述べました。

 このあと、釜石市合唱協会の皆さん約30人が「永遠の花」と「スタンドアローン」の2曲を献唱。

 最後に、生田流正派箏成会が奏でる琴の音が響く中、参列者は献花台に白菊を手向け、犠牲になった方々への祈りを捧げました。

東日本大震災津波により、岩手県では、5,134人(直接死4,672人・関連死462人)の尊い命が奪われ、今もなお、1,122人の方々が行方不明になっています。
(平成29年2月28日現在)

 

東日本大震災津波・身元不明者の納骨堂が完成

 平成29年2月19日(日)、東日本大震災津波による身元不明者のご遺骨を安置し供養するための「東日本大震災津波物故者納骨堂」が、大槌町城山地区に完成し、納骨式が行われました。

 式典には、ご遺族や関係者ら約70人が参列。被災3県の市町村では最多となる70柱の身元不明者のご遺骨が、町職員によって一つ一つ丁寧に納められ、僧侶が読経する中、参列者は献花をして故人に祈りを捧げました。

 納骨堂は、市街地を一望できる高台に整備された木造平屋建て(建築面積約10平方メートル)。ご遺族が大切な人と心を通わせ、行方不明者やご遺骨が還るべき場所に少しでも近づけるようにとの願いを込め、毎年3月11日には、堂内に太陽光が差し込むように設計されました。

 今後は、追悼などの式典にも利用される予定で、大切な人への想いを寄せる場としての役割を担います。

 

「高田松原津波復興祈念公園」着工

 平成29年3月5日(日)、「高田松原津波復興祈念公園」の起工式が、陸前高田市気仙町で行われました。

 この施設は、東日本大震災津波の犠牲者を追悼し、震災の記憶と教訓を後世に伝えるため国、県、陸前高田市が連携して整備を進めるもので、起工式には、田中国土交通副大臣や達増知事、戸羽陸前高田市長など関係者約100人が出席。関係者が鍬入れを行い、気仙町けんか七夕保存会が迫力ある太鼓の演奏を披露しました。

 国営追悼・祈念施設(仮称)は、被災3県にそれぞれ整備する予定で、同市が初めての着工。

 同公園の全体面積は、約130ヘクタール。自然災害では国内初となる国営追悼・祈念施設(仮称)や県の震災津波伝承施設のほか、新たな「道の駅」や運動施設なども整備する計画で、平成32年度末を目途に整備を進めています。